赤い国から来た女



 

あれは7年前の事だった

当時はソビエト連邦が崩壊しロシア共和国へモデルチェンジして間がない頃だった。当時のバイト先の人と「よし、ロシアでも行くか」という軽いノリで若者二人はロシアを目指して旅立つのであった。その先には永く辛く苦しい経験が待っているとも知らずに・・・。

せっかくだから俺はこの赤のパスポートを選ぶぜ

ロシアは赤い国なので侵入するにはパスワード パスポートが必要だ。 じゃ、どうやって手に入れるかと言うと旅券事務所に行って書類に記入してお金払えば終わりです。他にも提出する書類とかもあるけど、必要なもののリストが旅券事務所に張ってあるので事前にチェックする事をお勧めします。 それと旅行シーズンだとパスポートの発行に時間がかかるんじゃないのかなって思われるかもしれませんが、「なにがあろうと1週間後」です。どんなに暇でも忙しくても1週間後です(笑)。 それと事務所には世界地図が張ってあり、渡航自粛地帯や渡航禁止地帯とかが色分けされています。当時ロシアは政情不安(ぁ、今もか)だったので「用のない奴は行くな」って分類されていました。 そんな事書いても行く奴は無視して行くんだけどね (^^;

次は航空券だ

ロシア旅行しようという精神錯乱者 勇気ある者は少ないのでパックツアーとかはないです。ですが、世の中にはロシア旅行を扱っている代理店もちゃんと存在します。私達の場合は代理店さんにお任せ状態でした。航空券やホテルの手配は関西弁しか喋れない私には無理ですからね。 ところがここで聞いた情報で後々ひどい目にあったのでした・・・。

とどめは国内の移動方法だ

私達はまずハバロフスクへ向かう予定だったのですが、日本−ハバロフスク間の飛行機は新潟空港からしか飛んでないんです。で、大阪からどうやって 新潟まで行ったかと言うと「青春18切符」です。飛行機代とホテル代で25万かかっていますのでもう1円もだせなかったんです(笑)。途中野宿したりと結構ハードでしたが、この経験は私の旅スキルを向上させるきっかけになりました。

新潟空港で我々を待っていたものは・・・・

手続きを済ませ、飛行機を待っていると・・・・いつまで経っても飛行機はやってきません 。
結局4時間遅れでロシアへ飛んでいく予定の飛行機がやってきました。その間私達はビール飲みながら待っていたのですっかりいい気分状態です。夏場でしたので私はTシャツとジーンズという超軽装状態です。そしてその状態で出国手続きへ(笑)。いやぁ〜メチャメチャ胡散くさい目で見られましたよ。国籍0地帯で出発を待っている間に肌寒くなってきたんで上着でも着ようかと思ったら、全部残らず預けていました。手荷物はなぁ〜んにもない状態です。夏場とは言え北国は寒いです、ハイ。

飛行機内を占領?

そんなこんなで無事離陸し、飛行機の旅を楽しみながら私達はカンニングペーパを見ながらロシア語の練習をしていました。すると、横に座っていた謎のロシアのおっちゃんが「ちがう、それはこう発音するんだ」ってな具合になにやら話し掛けてきました。以下機内にはそのおっちゃんの手本を真似て発音する私達の声が木霊したのでありました。約2時間ほど練習してマスターしたのは「こんにちは・ありがとう・さようなら・これはなに?」の4つだけでした。実際この4つだけで旅行中殆ど問題は起きなかったのでこれから行くつもりの人も最低限この4つだけでノープロブレムです。

ハバロフスクに着いた我々を待っていたものは・・・

  白タクの運ちゃん軍団でした。到着したのは8時過ぎだったのでみんなやる気満点で勧誘してきます。そこで、テキトーに乗り込みホテルへGo! 結構普通にチェックインできてしまいちょっと面白くない。そんなこんなでシャワーでも浴びて寝ようかと思っていたら・・・。シャワーからお湯が出たのは15秒だけ、その後水だけ。と、言うかロシア滞在中に浴びたお湯はこの15秒間だけでした!なんというかこれはしょうがないですね。ちなみにこのホテル一泊100ドルもしたんですけどね・・・。
  翌日ちょっとリッチな気分でホテルで朝食を食べていました。メニューが英語だったので希望するものがちゃんと出てきたのでノープロブレムと思っていたのですが、意外な落とし穴がありました。いくら食べても量が減らないんです。見た目は普通なのに食べても減らない・・・。理由は簡単で、机が大きくて、皿が大きくて、中身が大きいと目の錯覚で普通に見えるというトリックです。単純なだけに効果的なトリックです。食後のんびりとお茶をしながら市内観光へ行く事に大決定。ちなみに朝食代は一人当たり1K円程度でした(後にものすごい食費を払っていた事が判明する)

  で、Let's市内観光へと繰り出したのですが何が名物かよく分からないのでとりあえずその辺をブラブラしながら白タクを確保する為に空港へと向かいました。その途中道に迷い(笑)その辺の人に道を教えてもらっていると・・・、ふと気がつくと周りに人垣ができていました。付近一帯の人数十人が我々に道を教えてくれていたのです。いい人達だぁ〜と思う反面、君ら暇なんか (^^;;とも思ったのは言うまでもないです。まぁ、無事に空港に到着できたので良いんですけどね。

  空港で白タクのボリスさんをGetし、その娘さん(小っさくてかわいい)と一緒に市内観光へと出発しました。美術館やらノミの市やらを楽しみながら昼食です。町中の食堂へみんなで入りました。ちょうど学食みたいな感じで色々好きなものを選び最後にレジで清算するスタイルでした。私はパン・ギョーザみたいなもの・(たぶん)よく分からないパスタ料理数品・得体の知れないジュースをチョイスした私のお値段は、20円でした(当時のレートです)。山のように食べてたったの20円・・・。物価の違いを痛感した瞬間でしたよ。更にこの後カルチャーショックに襲われるのです。私の取った得体の知れないジュースはただの水でした。濁っていたのでジュースっぽく見えただけです(笑)。飲んでしまったものは仕方が無いので、その水で正露丸飲みましたよ\(^0^)/。ロシアで飲む正露丸は一味違いましたね。

  ちなみに一日中ボリスさんを引きずり回して1K円でちた。1日車貸し切り観光で1K円、私の朝食はそんな額だったのです。ちなみに2度とホテルで食事はしなかったです。町中で食べる方が安いですからね。
  そんなこんなで、我々は次の目的地ウラジオストックへと向かったのであった!!!

翼よ、あれがウラジオストックの灯だ

  そんなこんなで国内線に乗ってウラジオストックへ移動するのですが、飛行機が飛ぶのが夜中の1時ってな訳で空港でのんびり待ち状態です。真夜中のフライトはなかなか町中の光が美しく「宝石箱をひっくり返した状態」って表現がぴったり合う夜景でしたね。そんなこんなでこのフライトではのんびり眠りながら到着ってことです。一応到着真直夜景を見ながら「翼よ、あれがウラジオストックの灯だ」って行っておきました(座席が翼の近くだったんですよ)。
  空港で鞄が出てくるのを待っている時に一人の日本人男性に会いまして、ウラジオストックでは一晩と一日行動を共にしたのです。ちなみにウラジオストックの空港からホテルというか市街地まで約50km以上離れています。その夜道を白タクさんにぶっ飛ばしてもらていると 運ちゃんがラジオを指差しながら何か言ってます。「???」と思っているとおもむろにスイッチを突けると、日本語が聞こえてくるじゃないですか!!日本海側のAMラジオが飛んできているんですよ。急に思っているよりも近いんだなぁ〜って思いましたよ。そんなこんなでホテルに着くと別の問題が起きました。誰も細かいお金を持っていなかったんです。しょうがないので大名モード!”1万円札を出してつりは要らない”って言ったら運ちゃん目を白黒させてましたよ。 そして、ホテルにチェックインなんですがキリル文字で名前を書かないといけないんです、ウラジオストックのホテルって。しかも、数字の書き方も微妙に違うんです。そこは事前にちゃんと練習しておいたので問題なしって具合です。

これがペプシか

   翌日3人+1人で市内観光です。+1人というのは 空港で知り合った方の友人のロシアの人が案内をしてくれたからです。日本語を勉強している人だったので会話には不自由しなかったですよ。で、ちょうどこの日にある物が切れまして・・・。全く甘い物を口にしていなかったのでジュース類を飲みたくなってしかたなくなったんですよ。そこで私を救ったのはペプシ・コーラです!! その時以来私はペプシ一筋です、もうコカコーラは飲めないですね。

ウォッカを飲む飲む

  その晩は空港で知り合った男性の部屋で3人でウォッカ晩酌です。そこで気がついたのですが、この部屋にはティセットがあるって事です。聞いてみると各フロアにいるメイドさん(注:おばちゃんです)にチップを渡してお願いすれば欲しくなくても勝手に持ってきてくれるとの事、渡露の時には皆さんも御試しあれ。さらに夕食を早目にとっていたので小腹が空いてきました。そんな時にはキオスクでカップラーメンを買って日本食レストランでお湯をもらえば問題なしって訳です。それにしても、ロシアのホテルでカップラーメン食べてる私達って一体・・・。

ここで道は二つに分かれる

  私は出たい授業があるので飛行機を使って早目の帰国ルートを取りました。パートナーは船を使ってのんびりルートです。後で聞いたんですが揺れまくって帰国後しばらく寝込んだそうです(私はピンピンしてました)。とりあえずウラジオストックを後にしてハバロフスクへと向かうんですが、タクシーの運ちゃんが空港の人と交渉してくれて少し早い便にねじ込んでくれくれました。妙なところで人情味あふれるのがロシアのいいところです。がっちりと感謝の抱擁をかわし飛行機へとダッシュすると、場内のお客様の熱い視線で御出迎えです。・・・どうやら私一人を待っていたようですね(^^;;; そんなこんなでウラジオストックよさようなら、ただいまハバロフスクです。 乗り継ぎの為の1日ステイでしたがちょっとは市内観光でもしようかと思っていたら台風上陸で大嵐。ちょうど私達が日本を脱出した時の台風が追いかけてきていたようです。で、ホテルで荷物整理とかしながらのんびりする。で、空港へ向かい Let's両替と思ったら両替拒否!なんでかというと両替した時に証明書を貰えるんですよ。それを持って外貨→ルーブルに両替した両替所に行けばルーブル→外貨に再両替してくれるという制度らしいんです。この制度って知らないとハマります、要注意です、って言うかルーブルに両替する必要はほとんどありません。ドルが最強の通貨です。
  私にはもう両替所に戻る時間もなければ証明書もどっかに行ってしまったので必死になって交渉開始。怒鳴りながら紳士的に交渉していると、隣の窓口でも同じように紳士的に交渉している日本人を発見。私は10分ほどであきらめて窓口を離れたんですが、すると回りの白タクおぢさんズが「どーしたんだ、若いの」といった感じで話し掛けてきたので、「カクカクシカジカ」と言うと「OKOK、俺達にまかせな」との事。そのおぢさんが回りの白タク運ちゃんズに話し掛け両替成立。とりあえずドルに戻ったので一安心です。レート的にはあまりよくなかったんですが、ロシア国内でのドルの強さを考えると運ちゃん達は絶対割の合わない両替をしたはずなんですよ、感謝感謝。
  で、私のとなりの窓口で交渉していた謎の日本人男性ですが、この人はシベリア鉄道でモスクワからハバロフスクまでやってきた鉄道青年だったんです! しかも、なにやら怪しげな大きな布包(全長1.3m程)を持っているんですよ。で、尋ねてみると彼は誇らしげに包を解きながらこう言いました。「シベリア鉄道で実際に使用されていたプレート!」 なんでもフリーマーケットで売っていたものを購入してホテルで古いシーツを貰ったとの事、うーむパワフルですね。飛行機の時間が来るまでしばらく話をしながら私もいつかはシベリア鉄道に乗りたいものだとシミジミ思いましたよ。ぁ、ちなみに同じ日本人から見ても妖しい鉄道青年はやっぱり出国時にひっかかっていました。まぁデカイ布包を持っていれば不審に思いますよねぇ(^^;

そんなこんなで日本に帰国

帰ってきました新潟県。とりあえず駅へ向かう為にタクシー乗り場へ。で、一番近くにあったタクシーの窓を叩き金額交渉開始!としようとしたらタクシー乗り場で並んでとのお言葉。う〜む、すっかり白タクの癖がでてます(笑) 駅まで少しの間乗っただけで数千円、たっけぇ〜。 駅で喉が渇いたので缶紅茶を飲む、まっずぅ〜。1週間弱本場ロシアのロシアンティばっかり飲んでいたから舌が上等品になっていたようです。
  そんなこんなで シミジミとこう思いました。帰ってくるんじゃなかった、ロシアへ帰るぅ(;_;)

END