表紙 | 新規 | 編集 | 編集 | 差分 | 一覧 | RSS | 検索 | 閲覧履歴 | 作成履歴 | 更新履歴

2004/09/27 - 世界は暗く 嫌われて 必要とされていないなら 今 ここにいるぼくに 意味なんて何も無い

目次

世界は暗く 嫌われて 必要とされていないなら 今 ここにいるぼくに 意味なんて何も無い

メールのマナー

「メールのマナー」は変化してゆくについて意見を述べるようにあろんさんに宿題をだされましたので、ちょっと書いてみます。

知り合いであれば、挨拶がなかったり本文1〜2行程度ってのはOKだと思います。でも、見ず知らずの人に対してだと、メールのマナー以前にスパムと勘違いされて削除されますよ。

まぁ、携帯電話のメールとネットのメールは、メディアとしては別のものなのに同じ様に「メール」と呼ばれている事が問題なんじゃないでしょうか。携帯電話のメール機能はショートメッセージ機能から進化した事と、入力のし難さや画面サイズやパケット代の関係から「削り取るメール」として発展したのに対して、ネットのメールではそう言った制約が薄いので分かりやすいものにする「盛り込むメール」として発展したように思えます。
ここで一つ思い出したのが、パソコン通信時代のメールです。あの頃のマナーを思い出すと、ちょうど両者の中間に思えます。電話代節約の為に華美な署名はダメで、タイトルは分かりやすく付け、内容は簡潔に、ってな感じではなかったでしょうか。そしてあの時も、パソコン通信のメール文化とネットのメール文化はマナーの違いから摩擦を起していました。

もっともこの状態もしばらくするとまた変わっていくように思えます。それは携帯電話の定額制とリッチ化です。削る必然性がなくなると少しずつですが、盛り込む方へシフトしていくでしょう。例えば少し昔であれば、ネットのメールに1MBの添付ファイルを付ける事はこの上ない無作法でしたが、今ではこれぐらいのサイズなら普通にやり取りされています。
お互いがお互いを取り込み、また新しい常識(マナー)が生まれるんじゃないでしょうか。

P.S.
変化しない事が伝統なんじゃなくて、変化しながら受け継がれて行く事が伝統なんじゃないのかなぁ。それに、年代を問わず電話のかけ方を知らない人間が多い事の方が、私は気になります。


2004年09月の日記一覧へ

''TrackBack'' - http://you-like.to/cgi-bin/ponytail/yukiwiki/wiki.cgi/2004%2f09%2f27

先頭へ